隼人の歴史探訪

隼人の史跡を巡る

隼人軍人像
隼人塚

1:国史跡「隼人塚・歴史館」 2:弥五郎祭祀神社(枝宮・鎮守) 3:拍手川(橋):手籠川
4:韓国宇豆峯神社 5:熊襲の城山・洞窟 6:大隅国分寺跡
7:弥五郎・若宮八幡 8:亀の甲遺跡 9:隼人塚(首塚)
10:止上神社 11:比売乃城 12:磨崖佛・菅原神社
13:奈気木の杜・蛭子神社 14:隼人の祖・鹿児島神宮 15:即身成仏・空順上人墓



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2000年現在の歴史探訪観光ガイドです。
詳細は其々の頁をご参照ください。

JAVAを利用していますHOME 南風に吹かれて、 日本書紀、古事記 等に記載されている 「熊襲(隼人)の抗戦址」 を辿ってみよう。 隼人駅を起点に、 番号順をサイクリングで 隼人塚から弥五郎関連神社や止上神社を巡り 鹿児島神宮から駅へ戻るコースがお勧め のんびり4〜5時間コースです。 隼人コース 隼人史跡巡り順路 Aの弥五郎関連神社は、 用水沿いに3箇所点在する 枝宮神社(野口・浄光保育園横) 小烏神社(松木) 鎮守神社(福島・西小近く) 後1つは第一工業大学前 にあるF若宮神社


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史跡探訪

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国史跡・熊襲(くまそ)の”隼人塚”
熊襲族を 大和朝廷が討伐、 地元民が慰霊碑として 708年に建立された。 各地の国分寺建立放生会 の関連が深い。





日本武尊(やまとたけるのみこと)が
女装して酒宴にはべり
夜陰に乗じ討伐した話は余にも有名。



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●12代景行(崩御年なし※340年前後か)●

  天皇詔 小碓命 「何汝兄於朝夕之大御食不參出來專汝泥疑教覺」 【泥疑二字以音下效此】 如此詔以後至于五日猶不參出尓 天皇問賜小碓命 「何汝兄久不參出若有未誨乎」 答白「既爲泥疑也」又詔「如何泥疑之」 答白「朝曙入厠之時持捕[才益]批而引闕其枝裹薦投棄」   於是天皇惶 其御子之建荒之情 而詔之「西方有熊曾建二人是不伏无禮人等故取其人等」 而遣當此之時其御髮結額也尓 小碓命給其姨倭比賣命之御衣御裳以劔納于 御懷而幸行 故到于熊曾建之家見者 於其家邊軍圍三重作室以居 於是言動爲御室樂設備食物故遊行 其傍待其樂日尓臨其樂日如童女之髮梳垂其結御髮服 其姨之御衣御裳既成童女之姿 交立女人之中入坐其室内尓 熊曾建兄弟二人見感其孃子坐 於己中而盛樂故臨其酣時自懷出劔取 熊曾之衣衿以劔自其胸刺通之時 其弟建見畏逃出乃 追至其室之椅本取其背皮劔自尻刺通尓 其熊曾建白言「莫動其刀僕有白言」 尓暫許押伏於是白言「汝命者誰」 尓詔「吾者坐纏向之日代宮所知大八嶋國 大帶日子淤斯呂和氣天皇之御子名倭男具那王者也 意禮熊曾建二人不伏無禮聞看而取殺意禮詔而遣」 尓其熊曾建白 「信然也於西方除吾二人無建強人然 於大倭國益吾二人而建男者坐祁理是以吾獻御名自 今以後應稱倭建御子是事白訖即如熟 [冠艸脚瓜]振折而殺也 故自其時稱御名謂倭建命 然而還上之時山神河神及穴戸神皆言向和而參上   === 古事記 ===
熊襲の洞窟 この反乱後、 隼人族(始祖:神話の海幸彦)は、 天皇(始祖:神話の山幸彦)の警護役として 近畿地方に移住させられる。 京都、奈良にその地名や慣習行事が残る。
  1. 神話と史実が混在して伝承されているが、、、
  2. 抗戦で散った祖先へのせめてものたむけか。
  3. 最近の調査 (1998:隼人塚 山跡遺跡発掘調査概報 隼人町) 中世以降の建立らしいが。
■所在地: 霧島市隼人町見次 ■連絡先: 霧島市隼人町(0995-42-1111) ■交通 : JR隼人駅から歩3分、線路沿
隼人塚の鎮護

方位四神三山神社、寺院備考
北方毘沙門天(多門天)
西方広目天
東方持国天
南方増長天
北東--

  1. 隼人町の石像文化財「隼人塚四天王像」によると
    • 以前は2躰のみ建っていて、残りは地中に埋まっていた
    • 平成の大改修で掘り出し、方位に併せて配置したのが現在の姿
    • この隼人塚は以前は正国寺と云う尼寺だったと三国名勝図会にある。


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熊襲(隼人)の抗戦
この 隼人の抗戦は 何時頃 勃発したのだろうか 史資料より 拾い出してみた。

出典:続日本紀 No:巻-頁

出典元号西暦首領朝廷側要因
神話12代景行200頃?熊會建小碓命景行の勅令で討伐
1-3,5,6天武3699---太宰府をして、三野、大隅国稲積の二城を修せしむ
2-7,8文武4700薩末比売?兵を持ちて覓國使刑部眞木等を剽劫す
2-7,8大宝2702薩摩??隔化逆命。於是發兵征討。遂校戸置吏焉。」授出雲狛從五位下
6-2和銅6713
6-5和銅7714平定のため、豊前国から移民す(200戸)
8-8養老4720川上尊師(弥五郎)大伴宿弥旅人大隅国守陽候史麻呂(やこのふひとまろ)殺害に発する抗戦
8-15養老5721隼人討伐1,400人
9-6養老7723報償に不服
■参考資料: ○埋れ木「上代諸学」 ○『宇佐託宣集』 ○続日本紀 ○隼人について: gens_HP/歴史館/隼人に関する情報集


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隼人舞いについて
秋のお祭りは 復活した 「お浜下り」 である。 途中の隼人の慰霊塚 国指定遺跡「隼人塚」 で厳かに舞われる。 隼人舞 神宮の隼人舞

坂本子供会:猿楽女

せばる隼人舞
  1. 大住 隼人舞 京都府 京田辺市 月読神社: 昭和46年7月復活、牧山氏)
  2. 京都府 京田辺市の歴史については、 ふるさと京田辺市がお勧め
  3. せばる隼人舞保存会: 鈴木重温氏(鹿児島市玉里団地2-66-3)
  4. 添付写真は、2002年「第7回 NHK 伝承、民俗: 隼人から現代へ」よりキャプチャー 鹿児島神宮の隼人舞は初の一般公開、 伝統の灯を消さないためにも存続を願うが。。 (2002/10/25)
  5. 隼人塚での奉納舞「隼人舞」の動画をどうぞ。
  6. 隼人の伝統芸「竹細工」:月1回教室もある。


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比売乃城
当地は 『姫城(ひめぎ)』 といい、 『宇佐託宣集』に云う、 熊襲が立て篭った 『比売乃城(ひめのしろ)』 に由来し、 昔ながらの 絶壁の山浪が迫っている。 又、 同じく 『曽於乃石城』は、 俄に脚光を浴びている 上野原遺跡一帯の台地である。 熊襲の住処と云われる洞穴は、 幾つかある。 伝承地の一つ・ 塩浸温泉の下流100m程の場所は 先の河川氾濫・崩落で現在近付けない。 妙見温泉にあるのは観光用。

比売乃城

■所在地: 霧島市隼人町姫城、国分市姫城 ■連絡先: 国分(0995-45-5111) ■交通: バス:空港〜国分駅 姫城温泉もしくは阿多石 下車


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隼人塚(首塚)
国分市の郊外、 田園の中に ひっそりとたたずむ 「隼人族」の慰霊供養塚。 バックは比売乃城。 この塚は、 別名 「隼人の首塚」 といい、 捕虜となって斬首された隼人族の 霊を慰たと云われる。 「猪切藪(ししきりやぶ)」 ともいう。 周辺の水田を 真板田(まないただ) と呼び、 毎年、 1月14日を狩猟の日として、 この日獲れた猪の肉を 33本の串に差して 隼人の霊を鎮める祭りをした と伝承される。 昔は、 「にえまつり」とか 「ほぜさあ〜」ともいい、 正月14日の「餅の日」には、 「ほぞえ祭」があったが。。 ====>>「ほぜさあ〜」 という名称で呼ばれる祭りとしては、 霧島神宮の秋の例祭(11/23)がある。 こちらはどちらかというと 「豊穣・豊年感謝祭」 の色合いが濃い。
  • にえ(なえ)汁: 野菜などは全て刻まないで煮る。 近くには、 「隼人族」の守護神を祭った 「止上神社」 がある。
  • 隼人の捕虜
    
    「続 日本記」巻八-15
    
     養老5年秋7月巳酉(722)
    
    征隼人副将軍従五位下笠朝臣御室、
    従五位下臣勢朝臣真人ら帰る。
    斬りし首、獲し虜合せて千四百余人
    
    
    ■所在地: 霧島市国分重久 ■連絡先: 国分(0995-45-5111) ■交通 : バス :国分〜霧島: 重久下車歩3分


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    亀の甲塚
    隼人塚(首塚) から南へ約300m、 青葉小学校の西側に この墳墓?はある。 昔から 隼人の墓だとか (斬首跡だとか?) 伝承されている。 ここを 取り壊そうとしたら 祟りがあったとかで そのまま放置されている。 多分、 720年の隼人抗戦で散った 官軍(政府)側の 供養墓ではなかろうかと 想像されるが、、、 このような墳墓? らしき形態の丘は 岩戸にもあるが こちらは2001/1/4現在宅地造成の真最中で 半分が消えてしまった。 また、止上神社の南側にも小さな墳墓?が あったがこれも昨年春消滅した。 尚、止上神社の方には 「弓張の丘」という所もある。 弓に使う「はぜの木」が自生。
    ■所在地: 霧島市国分重久青葉小学校西側 ■連絡先: 国分(0995-45-5111) ■交通 : バス :国分〜霧島: 重久下車歩5分


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    拍子橋碑
    隼人族の首領 川上尊師が 討たれた橋は 「庚申橋(こうじんばし)」 といい手籠川に架かる。 当時は、 現在の第一工大前から 国分市中央を流れていたようだ。 別名 拍子川ともいい、 史跡碑は中央6丁目の用水脇にある。 別名の由来は画像を参照。
    1. 神話と史実が混在して伝承されているが、、、 抗戦で散った祖先へのせめてものたむけか。
    2. 川上尊師については、 gens_pageが詳しい。
    ■所在地: 霧島市国分中央6丁目 ■連絡先: 国分(0995-45-5111) ■交通: バス:国分〜垂水: 唐人町下車歩3分


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    熊襲の洞窟
    720年の隼人の抗戦で、 熊襲が立てこもった洞窟が 隼人町の妙見温泉にある。 日本武尊(やまとたけるのみこと) が女装して酒宴にはべり 夜陰に乗じ討伐した 熊襲穴として伝承されている。 熊襲の洞窟
    ☆現在、2箇所にある。
    1. 妙見温泉
      • 写真は妙見温泉のもので、観光用として戦後整備された。
      • 実際、古来から伝承されている。 「熊襲がたてこもった洞窟」は、 塩浸温泉の下流100m程の所にある。
      • この地は、699年頃、大隅国稲積城があった。
      • また、昔は「妙見神社」があったそうで、 地名の由来はここからか。
      ■所在地: 霧島市隼人町 妙見温泉郷 ■連絡先: 隼人町(0995-42-1111) ■交通: バス:鹿児島空港〜霧島温泉行、妙見温泉バス 妙見温泉下車
    2. 国分・城山公園、長袋(おさぶくろ)
      • もう一箇所は、国分・城山公園の入り口坂の中腹辺りにある。


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    隼人末裔・弥五郎どん

    鎮守神社 720年の隼人の反乱後、 全国で飢饉や疫病が流行り 隼人の呪いを怖れ供養のため 相対した宇佐神宮で 「隼人の放生会」 を行った。 これが全国に普及した 放生会の起原とされている。 弥五郎祭 「弥五郎祭」 の開催される神社では 「弥五郎祭(放生会)」には 先払いとして「弥五郎」の 巨大人形が登場する。 身の丈4m85cm、 朱面を付け、 大小の刀を差し山車で練り歩く。 聖武天皇が、 天下泰平・五穀豊穣 を祈願して 全国に国分寺を建立したのも この天平年代である。 天平13年(741) 大隅国分寺建立の詔
  • 宇佐神宮および豊後の歴史については 豊後国の写真風土記が詳しい。
  • 弥五郎祭祀神社
    • 弥五郎は熊襲の首領だったといわれているが。。。
    • また、弥五郎は死後分骨されたという (最初の火葬)。===>>資料:国分諸古記
      1. 神楽所拍子川申所、 國府上小川村之内干今拍子川申所有之候、 ===>>福島:鎮守神社、拍子川(橋)碑有り
      2. 弥五郎鬚同所同村村之内御ふろが山埋、 ===>>野口: 小烏(こがらす)神社
      3. 鼻同所同村村之内鼻面川埋、 ===>>清水:鼻債山(はなずらやま)、 若宮神社
      4. 四肢同所野口村枝之宮埋、 ====>>野口松木: 枝宮神社 候説申伝有之候得共不詳、熊周之事
    • 昭和45年、 伝承の地:鼻債山(はなずらやま) 現在の第一工大から骨壷が出土し実証された。
    • 全て現在は神社として祭られ 小高い丘で国分平野を見下ろす格好の場所。 また、いずこからも、比売乃城がよく見渡せる。 ===>>小烏(こがらす)神社からの比売乃城と 遠く霧島連山が。。
    弥五郎どん祭
    • 的野正八幡宮(長男)
      1. 開催日:11/3:AM10〜,浜下りPM0〜4
      2. 開催場所: 宮崎県都城市山之口町、的野正八幡宮
      3. 問い合わせ先: 山之口町:0986-57-3111
      4. 交通: JR日豊本線山之口駅下車歩20分
      5. お勧めスポット:隠れ念仏

    • 岩川八幡神社(次男)
      1. 開催日:11/3:浜下りPM1〜4
      2. 開催場所: 鹿児島県曽於市大隅町岩川八幡神社
      3. 問い合わせ先: 岩川八幡神社:0994-82-1211
      4. 交通: 空港バス:鹿児島空港〜志布志行:岩川(宮園)下車歩2分  
      5. お勧めスポット:鹿児島神宮の分社:  大隅投谷八幡、岩屋観音、入角の田の神

    • 田ノ上八幡神社(三男)
      1. 開催日:11/23:AM8〜,浜下りAM9〜15
      2. 開催場所:宮崎県日南市飫肥 田ノ上八幡神社
      3. 問い合わせ先:宮崎県日南市:0987-23-1111
      4. 交通:
        • 空港バス:鹿児島空港〜宮崎行
        • JR日豊本線南宮崎駅乗り換え〜日南線飫肥駅   駅前からバス、飫肥下車、歩5分
      5. お勧めスポット:飫肥(おび)城下町、 鵜戸(うど)神宮、坂元棚田


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    国史跡・大隅国分寺跡
    天平年間、 聖武天皇が、 全国に建立、国史跡。 仏寺の多くが、 明治の、廃仏毀釈の嵐に散った、 当地に文化財が 希有な要因でもある。 一説には、 隼人の抗戦以後、 全国的な規模で 飢饉や疫病が蔓延して 世情が不安定になり、 人々は 「これは隼人の呪いだ」 と怖れ その供養のため 建立されたといわれる。 天平13年(741) 大隅国分寺建立の詔)
    ■所在地: 霧島市国分中央1丁目23-7 ■連絡先: 国分(0995-45-5111) ■交通 : JR国分駅歩10分


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    止上神社

    止上神社

    祭六座、 日子穂穂手見尊(山幸彦)、豊玉姫、 木花開耶姫、邇邇芸命、玉依比命 等。 延喜式にのっている 神社に劣らない 歴史がある。 隼人征伐の 伝説が伝承されている。 神舞面や神王面 など50数面保存。 一説には、 景行天皇が熊襲を平定され、 これを創建された。 <

    尾牟礼山と拝殿

    尾牟礼山

    打植祭り
    お田植祭
  • 史資料: 止上権現宮 遷宮 亨保21年(1736): 国分郷土史 資料編 参照 ■所在地: 霧島市重久止上 ■連絡先: 国分(0995-45-5111) ■交通 : バス:国分〜霧島行: 止上下車歩3分

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    若尊の鼻(わかみこのはな)
    神武天皇が立ち寄られ、 東征、出立の地。 又、 熊襲征伐の 日本武尊が 上陸したとも、 伝承されている。
    実際は、 熊襲討伐隊の大伴宿弥旅人等が 上陸したのでは。 ■所在地: 霧島市国分敷根 ■連絡先: 霧島市国分(0995-45-5111) ■交通アクセス   バス:国分駅〜垂水      亀割峠口下車


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    韓国宇豆峯神社(からくにうずみね)
    隼人の抗戦以後、 平定統治で移住してきた 政府軍(朝鮮:新羅系か) が祀った神社か?。 国分諸古記には 不詳とあるが(下記)。 明治以降、 祭神を「五十猛神」 に制定したようである。 他は、ガイドの画像を参照。

  • 国分諸古記
    • 韓国大明神
      延喜式 大隅五社之一社也、建立之年間不相知候、 永正元(1504)甲子十二月再興
    • 韓国大明神 末社:
      1. 冠輪大明神 韓国之父神:
      2. 恋隈大明神 韓国之母神:現在の上井付近に あったようだ

    剣神社

    止上神社とともに、 熊襲征伐に関連のある神社であり、 昔は 神社の北、剣岩に石祀があり、 拝殿はその麓にあったという。 今の場所に移されたのは 延宝元年(1673)である。

    ■所在地: 霧島市国分宇豆門 ■連絡先: 霧島市(0995-45-5111) ■交通 : 上野原縄文遺跡のある台地の川を挟んで 対岸の麓にあります
    • 国分駅前から黒石岳キャンプ場行で 宇豆門下車歩2分(655/930/1253/1520:日祭日運休)
    • 国分駅構内から上野原縄文遺跡直通バスで 川内下車、歩10分
    • バス 鹿児島空港〜高隈〜上祓川〜鹿屋 川内下車歩7分 乗車前に要確認。 あるいは京セラ工場前か、歩約20分


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    亀の甲遺跡
    国分郷土誌 : 昭和28年、 向花小学校校地拡張工事中 に発見されたが、 残念ながら 遺構は破壊され 遺物の数点が残った。 ■出土品遺物  三累環頭太刀、須恵器、  直刀、土師器、人骨、他 隼人の墓か大隅国司の墓か不明である。 唯一の手がかり、 この一帯ををぜひ保存してほしいものであるが。
    ■所在地: 霧島市國分府中 ■連絡先: 霧島市國分(0995-45-5111) ■交通: JR日豊本線国分駅下車歩15分


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    奈毛木の杜
    古今和歌集にも登場する 奈毛木の杜 当地、三大杜の一つ 神話伝承の 蛭子尊を祭祀する 蛭子神社 皇族の参拝もある古社 境内には 西郷隆盛や坂本龍馬 が逗留した 旧龍宝邸の復元家屋がある。
    蛭児神社
    蛭児神社
    天の磐楠船
    天の磐楠船の根株
    ■所在地: 霧島市隼人町内(字木之房) ■連絡先: 霧島市隼人町歴史民俗資料館(0995-43-0179) ■交通: JR日肥薩線日当山駅下車歩3分


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    鹿児島神宮
    延喜式に記載されている古社 大隅國一宮 神話伝承に登場する 「海幸彦・山幸彦」 の皇室の祖 日子火火出見尊 を主祭神とする。
    1. 隼人の始祖と伝承される火照命(ホオリノミコト)だが、 現在の鹿児島神宮では、こんな場所に「門守」として祭祀されていた。  三之社:第二鳥居前  

      三之社と第二鳥居(神明型)
      左(南):火照尊・大隅命

      三之社南側(火照尊・大隅命)
    2. 隼人の始祖と伝承される火照命(ホオリノミコト)だが、 陵墓も妃も不明、果たして??
    3. 火照命(ホオリノミコト)を祭祀する神社には次がある。   潮嶽神社:宮崎県南那珂郡北郷町北河内宿野   鑰島神社:霧島市隼人町浜の市   止上神社:霧島市国分重久
    ■所在地: 霧島市隼人町宮内 ■連絡先: 鹿児島神宮(0995-42-0020) ■交通: JR日豊本線隼人駅下車歩15分、循環バス有り


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    磨崖佛・菅原神社
    平安後期から 鎌倉期にかけての 磨崖佛 が鎮座

    ■所在地: 霧島市隼人町松永霧島医療センター ■連絡先: 霧島市隼人町歴史民俗資料館(0995-43-0179) ■交通: JR日豊本線隼人駅下車、 循環バスきバス、霧島医療センター下車歩2分

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    即身成仏・空順上人
    当地には 密教の究極の修行 「即身成仏」 されたお上人様が 三名居られます。 そのお一人を 隼人町図書館の近く 旧獅子の丘の一角に そのお墓はあります。

    ■所在地: 霧島市隼人町立図書館前 ■連絡先: 霧島市隼人町歴史民俗資料館(0995-43-0179) ■交通: JR日豊本線隼人駅下車、歩5分


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